セラピー17(保存用)
17□自分が何かしていた時に、何かをされてげんなりしたときのことを書く。
そして、だからもう止めてください、と書く。
・例
僕の考えを話しているときに、反論されたりすると、もう何もしたくなくなるんです。だから、もう止めてください。
僕がやったことを否定されたりすると、あなたとは会ったりしたくなくなるんです。
だから、もう止めてください。
僕が夢を語っているときに、無理とかダメとか言われたりすると、
もう語りたくなくなるのです。だから、もう止めてください。
・目的
自分にとって愛がない部分は、このように、
愛を与えてもらえないと、傷ついたりげんなりしたりする。
そしてその多くは、幼いときの親からの関わり方によって形成されるもの。
しかし、その愛のない部分は、大人になるに連れて無視されていく。
そこで傷つく選択をしていては、事が運ばなくなるから。
と言っても傷ついてないかといえばそうではないので、
大抵そのときの選択肢として、怒るか我慢するか罪悪感に浸るかのどれかになる。
このワークでは、特にこういった対応をされたときに、
自分のせいだからと、罪悪感を抱く人に対象が当てられたもの。
自分のせいと罪悪感を抱く人は、怒れないという問題が生じるので、
良い人ではあるが、自分の意志で選択していくことができなくなる。
なので、今回のワークでは、
自分の愛のない部分を、自分の行動と相手の嫌な行動で浮かび上がらせ、
それを「やめてください」という言葉を使うことで、
私が愛を感じられない部分には、感化しないという選択を行なっていく。
・解説
自分なりの感覚を感覚を選択をして、何かをしたときに、
そこに例え悪意がなくても、愛のなさを感じたとき、
「ただ僕はこういう風にしているだけなのに」という感覚が生じることがある。
この感覚は、「私にはそれが愛に感じなかった」と、
自分の愛が感じられない痛みを探す感覚となるのだが、
多く人との関わり合いなどにおいてでは、
「私が愛を感じられないのは、私のせいかもしれない」
という感覚の元、「私が悪かった」という罪悪感や、
この罪悪感から、「教えられたときは、もっと素直に謙虚に優しく」
といったような、自分の中の「愛のない部分を隠す」発想を持つようになる。
この発想は、自立が強ければ強いほど、生じる形となる。
しかし、この行動は愛を生成することはしないので、
やがて何のためにやるのかという無意味感や燃え尽きへと至っていく。
なので、このワークでは、
その愛を感じられなかった部分を引き出し、
愛の感じられない行動を私は容認しないという選択をしていく。
誰かのためにという思考を積み重ねた人であれば、
怒りを感じたとしても、その怒りを相手にぶつけるという選択よりも、
怒りを感じた上で、じゃあどんな愛を生成していこうか、
というより愛する創造性の方向へ向かうと思うので、この形にした。
・効果
嫌なことを嫌とはっきりと言えるようになる効果がある。
直接的に言わずとも、それを選択肢として持つことができるようになるので、
愛を感じなかったところでも、自分の対応が悪いという風には思わなくなる。
ただ、幼い頃の、
愛の感じられなかった痛みが強いと直ぐにはいかないかもしれない。
あとは、最初に書いた自分の意志と愛の感じられない部分を、
「やめてください」を通して、否認していくことができるので、
その意志と、その意志に対して欲しい愛というのを自分の中で明確にできる。
・注意点
いくつかあり、一つは怒りを強く感じることがあること。
愚痴に近いことだけあって、スイスイ書けることもあり、
その感覚のときは、凄く相手のことを悪く思ってるマインドがある。
それが悪いわけでは全然ないが、
場合によっては、「ただ僕はこういう風にしただけなのに」
という感覚の元、「こんな純粋な自分にそこまでするのはおかしいんじゃない?」
と、些細なことでも、激しく怒りの炎が燃え上がることがある。
もう一つは、そんな自分が出てくるのが怖くて、
書くのが辛くなったり、とても悪いことをするような気がすること。
「こんなことを書いて、相手は傷つかないだろうか」
等々の心配の感覚が出たりしてくることがある。
これは、愛がない痛みを経験した自分を通した投影であるのだが、
自分のその傷ついたマインドを持っているうちは、
そうした優しさが先行して、
自分の意志を通した選択をしていくことが、申し訳ないような気がしてくる。
・対策
どちらにしても、自分は愛を感じていくと選択すること。
やり方を変える、対応を変えるは、罪悪感なので、
そうではなく、ただ単純に私は愛を感じていくことを信頼すること。
要は、愛がなく傷ついた自分を愛していくという意識を持つことで、
感じてくる怒りや辛さのほどを、
「愛がなかった自分はこれほどの痛みを抱え、
その中でも必死に生き耐え抜いてきたんだな。そして、そんな自分は頑張って頑張って多くのやり方を身に付けて、ここまできたんだな。
そりゃ、怒りも憎しみも感じるよね」と。
愛を創造するという目的の元、
自分の感じる感覚のほどに優しく寄り添うことが可能となり、
痛みの部分に愛を添えていくことが可能になってくる。