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人狼を楽しもう。

汝人狼也で五月雨キリトという名前でやっていました。今は一応引退という形です。復帰時期は未定です。

質問するということ〜。一人で考察することの限界とは?

さてさて。今回は質問することの重要性というのを書いていきたいと思います。


ただ、質問って、正直めんどくさいですよね。なんか上手く質問しないと怒られそうとか。理解してないと思われるかもとか。質問の内容によっては下手くそと思われるかもとか。どれも直接的に言われたりしてしまったら悲しいことですしね。


そういう悲しさがあると、どうしてもめんどくさく感じてしまうと思います。悲しまないためには、悲しまないような質問というのを考えなきゃいけないですから。


でもですよ。もし、悲しくなりたくないからという理由で、質問をしなかったとしたらどうなるでしょう?

多分、質問して得られる答えを、自分の頭で考えると思うんですよね。

そしたらきっと、すごく大変で労力のかかることだと思うんですよね。


でも、今までの書き方だと一人で考察することには限界がなさそうに見えますよね。でも、一人で考察することには、限界があるんですよね。


例を交えますね。

A君がBちゃんのことを好きだとします。

でもA君はBちゃんに嫌われたくなくて、Bちゃんに話しかけられません。


だから、一人でどうにかしてBちゃんに好かれようとアピールをします。

雑誌を読んで勉強して、髪型も整えて、勉強も運動もとにかく頑張ります。

それもすべてBちゃんに好かれるためです。


でも、頑張っても頑張ってもBちゃんは話しかけてくれません。

A君は思うでしょう。俺はこんなに頑張っているのに、どうしてBちゃんは俺に話しかけてくれないんだ!と。

それは、すごくすごく悲しいことだと思います。報われないですからね。


でもですよ。ここまで語った内容の全てにBちゃんの気持ちがありません。

A君は確かに頑張りました。

でもBちゃんが、元々A君のことが好きだとしたら?そして頑張るA君を見て、密かに壁を感じるようになっていたとしたら?


A君が最初に勇気をだして話しかけていれば、Bちゃんと仲良くなれていたかもしれません。確かにBちゃんと話すことで、嫌われる可能性もあったかもしれません。

でも、A君の努力できる性格なら、早々悪い道にはならなかったはずです。


最初に、嫌われた時の悲しさを受け止めていたら、結果は違うものになっていた可能性があったかもしれないんですよね。


話を戻しますね。これは人狼でも言えます。

悲しい気持ちを抑圧して、一人で頑張ってしまったとしたら、相手がどんな人なのか中々わからないと思うんです。


もしかすると、人狼だったら、他の人が質問してくれたり。質問されずとも自ら話してくれるかもしれません。

でも、質問しないと、自分の中で完結して相手を決めつけてしまうかもしれません。


相手が何を好きなのか。どんな経験があるのか。何が嫌いで、何を許せないのか。

一見、人外を見つけるのに必要のないように思える情報というのは、知らないところで自分の思い込みを自然と溶かしてくれる働きをしてくれることがあります。


もし考察を深めたい方は、一見必要のない質問をしてみて、結論を纏める時に深みを出してみるのも良いかもしれませんね。

そしたらきっと、相手のことを知ることが、考察の精度を上げれるということに気付くことができるはずです。


今回はこの辺で。

今回もお読みいただきありがとうございました!